■年代別 英・米とアジア・日本のゴルフ年表
西暦 世界の動向 英国のゴルフ 米国のゴルフ アジアおよび日本のゴルフ 西暦
    R&Aルールおよびクラブ設立(1754)      
    セント・アンドルース18ホールに(1764)      
    ガタパーチャ・ボール生れる(1848)   カルカッタにコース(1829)  
    ホールカッターができる(1849)   ボンベイにコース(1842)  
1860 リンカーン大統領就任 全英オープン(プレストウィック)始まる     1860
    (12ホール3回の36ホールス)      
1870   オーストラリアにコース   バンガロアにコース 1870
1871   ニュージーランドにコース     1871
1872       バタピアにコース 1872
1873   モントリオール(カナダ)にコース     1873
1874   金属製のホール(カップ)採用     1874
1881 米英の粗鋼生産量同じになる       1881
1888 コダック写真発明 125コース セント・アンドルースGC(ニューヨーク州)発足   1888
1889       ホンコンにコース 1889
1894 日清戦争始まる(〜97年)   米国ゴルフ協会設立   1894
      20コースとなる    
1895 レントゲンX線発見   第一回全米オープン   1895
1896   スコットランド61コース     1896
    イングランド46コース      
1898     ドン・ロス米国着   1898
      611コースとなる    
1899 ボーア戦争始まる(〜1902年) 1882年に意図した普遍的ルール完成     1899
1900     982コースとなる   1900
1901 第一回ノーベル賞授与式   R・H・ロバートソンが英国ゴルフの独立宣言 神戸ゴルフ倶楽部(六甲)4ホール開場 1901
1902   英国PGA創立 ハスケルボール出現   1902
1903       神戸GC9ホールに 1903
1904 日露戦争始まる(〜05) 全英アマで優勝のW・トラビス(米)が使用   神戸GC18ホールに 1904
    したスケネクタディパター(センターシャフト   横屋ゴルフ6ホール  
    パター)が問題となる      
1906       ニッポン・レースクラブ(横浜)9ホール 1906
1907   クラブに関するルール成立     1907
1910   かなづち型クラブの使用禁止 スチールシャフトの研究盛んになる   1910
1912       雲仙に公営コース9ホール創設 1912
1914 第一次世界大戦(〜18)   メリオンGC(東) 東京ゴルフ倶楽部(駒沢)9ホール 1914
1916     アーリントンに芝生試験場   1916
      742コースとなる    
1917       仙石原パブリック(富士屋ホテル)18ホール 1917
1919 ベルサイユ条約調印 エチケット強調 パインバレイGC   1919
1920     USGAグリーンセクション発足   1920
1921   スモールサイズのボール採用 「グリーンセクション」誌創刊   1921
1922   サニングデールGC バルタスロールGC(1922)   1922
1923 関東大震災   ウイングフットGC(1923) 程ヶ谷CC18ホールに 1923
      1,903コースになる    
1924     米国西部協会スチールシャフト公認 日本ゴルフ協会発足 1924
      赤星六郎氏パインハーストCCで優勝    
1925       茨木CC18ホール 1925
1926     米国ゴルフ協会スチールシャフト公認 関西ゴルフ連盟創立 1926
1927       第一回全日本オープン開催 1927
1928     サイプレスポイントGC 川奈コース(大島)18ホール 1928
1929 ウォール街株価大暴落 R&Aスチールシャフト公認 USGAの試験コース15となる 霞ヶ関CC(東コース)18ホール 1929
      5,648コースとなる 相馬孟胤氏駒沢コースで常緑芝発見研究に  
        名古屋GC18ホール  
1930 大恐慌   ボビー・ジョーンズグランドスラム達成後引退 アリソン来日、朝霞コース設計 1930
      政府によるコース建設始まる(〜45)    
      またパブリックコース建設が推進される 我孫子GC9ホール(翌31年18ホールに)  
      コース数6,000を超す    
1931 満州事変勃発     相模CC18ホール 1931
1932     ラージサイズのボールを採用 東京GC朝霞に移転18ホール 1932
      オーガスタ・ナショナル造成(1932) 霞ヶ関CC(西コース)36ホールに  
      毎年200コースが新設される(〜52) 広野GC18ホール(日本に猛暑)  
        軽井沢GC18ホール  
1933 ルーズベルト 大統領就任       1933
1934     マスターズ開始(1934)   1934
1936 2.26事件     相馬孟胤爵 急逝 1936
        川奈36ホールに  
1937 日華事変始まる     霞ヶ関CC東コース第二グリーン完成 1937
        小金井CC18ホール  
1938   クラブ14本に制限/ルールの簡略化を提唱   東京GC移転18ホール(秩父CCと合併) 1938
1939 第二次世界大戦(〜45)     1929年頃から37年に他に51コース開場 1939
1940       84コース(内20は台湾 朝鮮など海外) 1940
1948     戦略型コース、ピーチツリーGC誕生   1948
1949   エチケットの項をルールの前に記載   日本ゴルフ協会再発足 1949
1950 朝鮮戦争   USGAスタイミー廃止 日本オープン復活/第一回関東オープン 1950
1951   R&Aセンターシャフトを認可 スタイミーを全面廃止   1951
    ルール大改革      
1957       カナダカップ(霞ヶ関CC)日本組優勝 1957
        ゴルフの初TV中継  
1960     毎年400コースが新設される   1960
1990   コース数約2,000 コース数約16,000 コース約2,100(日本) 1990