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GCA NewsLetter Vol.4 Exclusive
米国のゴルフ界に大きなうねりが見えてきた 金田武明
U.S.G.A.の洞察力とゴルフ市場の変化


“Tillie the Terror”のコースで全米オープン開催

2002年の全米オープンが、ニューヨーク州立公園ベスページのブラックコースで開催されることになった。会員制クラブ以外では、ペブルビーチだけが例外的に全米オープン開催コースとなっていた。ペブルビーチはパブリックというより、リゾートコースのカテゴリーにいれるべきで、グリーンフイーも250〜300ドルととび抜けて高い。

ブラックコースは、州立パブリック。公営のコースとしてはじめてオープンの舞台となる。

ベスページには、ブラックコースのほかに4コースある。4コースは、1935年の大恐慌後の不況時に、失業救済を兼ねて造成されている。延べ人員、数万人の人たちに職を与えたし、800人のキャディーが常駐していた。ブラックコースは、1936年に最後のコースとして誕生している(レッド、ブルー、グリーンの3コースは1935年にオープンした。もう1つはイエローコース)。

アルバート・ティリングハーストが設計者だが、この数年前に彼は引退をきめていた。

大恐慌で財産も失い、ゴルフへの興味も失った彼は、カリフォルニアで骨董屋を開いていた。私たちにとって幸いだったのは、ニューヨーク州の役人か誰かが、ベスページのコースをティリングハーストにやらせようと決めたことだった。ウイングフット(1997年PGA開催コース)、バルタスロールを設計した彼のニックネームは"Tillie the Terror"〈おそろしいテリー〉だった。コースがきつく、ゴルファーにきびしかったからだ。しかし彼は、中でもプラックコースが最もお気入りの作品だった。

パブリックだから、5コースとも安いグリーンフィーでプレイできる。つい数年前までは、ブラックコースは難し過ぎて全く人気がなかった。他のコースは真夜中から車の中で夜明かしをしてスタートをとるのだが、ブラックでは待ち時間も必要なかった。グリーンフィーは20ドル。

しかし、その様相は全く変ってしまった。ブラックコースでの全米オープンが発表されてから、急に人気が高くなってしまったのである。米国ゴルフ協会は、150〜200万ドルを投資し、改造、整備にとりかかる。

リース・ジョーンズ氏(R.T.ジョーンズの次男)が、総指揮をとることにきまった。

1997年7月からすでに閉鎖されている。'98年夏までかけて、大改造にとりかかったのである。オープンの準備には5年の月日を要するから、ようやくタイミングがあってきた。優秀な素材の上に、リース・ジョーンズの本格的な手が加わった。2002年の全米オープンは明らかに素晴らしいテストの場となるだろう。

ゴルフの将来に再投資する姿勢

米国ゴルフ協会が、州立パブリックで全米オープンを開催する決定には、いくつかの要因がある。

第一は、時代の移り変りをしらせることだと思う。1935年(ベスページ造成時)から1940年(第二次世界大戦)までの5年間も、ゴルフ普及の時代だった。

今回も、同じ動機である。偶然としては出来過ぎなのは、タイガー・ウッズの出現とのタイミングである。U.S.G.A.の人たちの洞察力がすぐれていたと見るべきだが、2002年の全米オープンで、また、社会の大きなうねりが現れることは確実である。

第二には、プライベートクラブは発言権をもちたがることもある。一大ビジネスになりつつある今日のことだから、競技、展示、広報等々を、協会の狙い通りにしたい点もある。

今までのU.S.G.A.の動きからして、私利私欲の人間は存在しないから、大きな利益を得てもゴルフの将来に再投資されることは間違いない。その意味では、日本よりも安心してみていられる。

プライベートvsパブリック

二昔前まで、米国の常識は、コースの3分の2がプライベートクラブで、ゴルファー数は、逆に3分の2がパブリック・ゴルファーだった。

いいかえると、プライベートクラブの会員はゆったりプレイできるが、パブリックを利用するゴルファーは、夜明けを車の中で待ってスタートをとることになる。それはど、パブリック、特に安いグリーンフイーでプレイできるムニシパル(公営)コースの新設が望まれていたのである。

1993年の例をみると、明らかにアメリカは様変りしたことがわかる。プライベートとパブリックの数が逆転したのである。1993年に新設された358コースの内訳をみると、
   244  パブリック(民営)
   47  ムニシパル(公営)
   67  プライベート(会員制)
驚くべきことに、81%がパブリックとなり、プライベートは、僅かに19%と逆転したのである。

逆転劇の背景は数字である。4億9860万ラウンド(1993年)が記録されているが、
   パブリックでのプレイが    70%
   プライベートでのプレイが   30%
である。ゴルファーのプレイ回数、ゴルフ人口分布といったことは変っていない。

ということはアメリカのゴルフ界が、ようやく市場動向に合わせて動き始めたに過ぎないのである。

今後、アメリカの16,000〜17,000のコースがどのように変って行くかは、税制や景気との関連で左右されていくことになる。

タイガー・ウッズの出現で、アメリカのゴルフ市場には微妙な変化が生まれはじめている。

現在、ビジネスとして形を成してはいないが、年齢層の低下(40歳を切らずに困っていたが、これは解消した)、白人独占が、多民族の傾向になって来たという社会現象をとらえ損ねることはないだろう。

ゴルフに抵抗していたカーター政権と違い、クリントンがゴルフを利用して票を伸ばすことを考えるとすれば、公営コース増加には拍車がかかるに違いない。

うっかりすると、また、日本だけがバスに乗りおくれる可能性さえ予見できる。

そのためにも、私たちとしては、日本のゴルフに対する健全なイメージづくりに努力するしかないと信ずるのだが。

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