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GCA NewsLetter Vol.3
パブリックコースで全米オープン?  
−あまりにも少ない日本の公営ゴルフコース−


2002年全米オープンが、ニューヨーク近郊のベスページ、ブラックコースで開かれる可能性が出て来た。全米オープン開催コースは、従来、伝統のある古典コースと相場がきまっていた。ペアルビーチでオープンが開かれた時は、かなり大きな波紋を投げかけた。ペブルは、パブリックではあっても、純粋にはリゾートコースである。それですら、いわゆる“伝統流”には、様々な反応があった。2002年オープンの開催候補コースは、ベスページ州立公園(Bethpage State Park)内の本当の公営パブリックである。1930年、大恐慌の真最中に、景気高揚策の一環として4コースが造成された。(ベスページは、現在5コースをもつ。)1100エーカー(約132万坪)のゆるやかな起伏をもつ林野をアルパート・ティリングハーストが、コースを設計した。ティリングハーストの名作は、ウイングフット西、東、バルタスロール、クェーカーリッジ、サンフランシスコG、C、等、語題を提供し続けているコースである。2002年開催候補のブラックコースは、全長7,065ヤード。パー4で371(#2)378は(#18)の他は、400ヤード以上、パー5は、528(#4)585(#7)572(#13)の3ホールだけで、救いがない。米国ゴルフ協会の専務理事Davcid Fay氏は「ブラックコースでの全米オープンは、未定だが、私は、このようなパブリックでのオープンが夢です。」と語っている。その理由として、パブリックコースでのプレイが、会員制クラブよりはるかに大きいこととゴルフ協会の会員クラブの半数以上が、パブリックであることをあげている。

時代が変ったのである。1970年代までゴルフ隆盛の原動力は、会員制クラブだった。しかし、カンツリークラブがステイタス・シンボルの時代はうすれ、より多くのゴルファーが生れて来た。その当時は、プライベートクラブ65%に吋し、パブリックは35%と圧倒的に会員制のクラブが多かった。ゴルフコース使用の人口は、逆に非会員が約75%だから、パブリックは常に混雑し、会員制クラブでは、一握りのゴルファーがゆったりとプレイすることになる。

●米国でパブリックコースが急増

1980年代に入って、これが逆転する。コミュニティークラブ(その地域住民が、一年会員となる特典をもっているケースが多い)が急増し、デイリーフィーコースも採算がとれるようになり造成されるようになった。プライベートクラブが頭打ちになり、公営コース、商業ベースのパブリックコースが新設きれた。新設コースの50%以上が、パブリック別になったのは、米国のゴルフ史の中で初の逆転現象だった。パブリックでのプレイとなると、実は、カナダが世界で最も高い数字を示している。ゴルフ人口の絶対数は、米国に及びもつかないが、カナダは、成人の22.6%が年に一回はプレイし、95%がパブリックでプレイしている。米国の場合は、成人の12.9%が年に一度プレイし、パブリックでのプレイは60%。(ただし、太平洋沿岸では66%もがパブリックでプレイしている。)ということは、米国でのパブリックコースは、他国に比べ若干、おくれているという数字になる。R.プライス博士の発表では、カナダのサスカチアン地方が、人口に対してホール数が最も高い。10万人に村し215ホールスだが、9ホールコースが多く、しかも89%がパブリックである。伝統的にスコットランドでは、公営コースが多く、セント・アンドルースもパブリックである。(運営は、市からRoyal&Ancient G.C.に委任されている。)しかし、フランスのコースは、55%がパブリックで、スコットランドの20%をはるかに越えている。今までヨーロッパのゴルフは、一部特権階級のゲームだったし、そのままの状態だと考えていたが、全く違う方向に進んでいるのである。USGAの専務理事フェイ氏は、このような世界事情の中で、米国はどのような方向へ行くべきかを思考しているのだろう。

●USGAの新しい思想の選択

USGAは、従来、「赤いジュータン」と呼ばれていた。一般のゴルファーからみると雲の上の存在という誤解があったのである。実際には、USGAの基本方針は「ゴルファーのための、ゴルファーによる、ゴルファーの協会」として、より楽しいゴルフの普及に努めて来ている。しかし、フェイ氏は、より積極的にパブリックコースへのサポートを政策として実現するためには、パブリックコースでの全米オープンを考えているのだろう。従来、全米オープンは伝統のある名門クラブでの開催が常識だった。そして、全米PGAは、二流コースで開かれるものと相場がきまっていた。PGAの人気が高まるにつれ、いわゆる伝統派の壁もとり除かれ、PGAがいわゆる名門コースで開かれるようになって来た。それだけに、見応えのある競技が展開されるようになって来た。USGAは、1995年、全米オープンをシネコックヒルズで再開催した。百年祭ということもあり、ノスタルジックな選択だったが、歴史を尊ぶ意味がよかったと思う。古いものへの憧れだけではなく、今度は、パブリックでのオープンという新しい思想である。どの世界でも、指導者法理念をもち、リーダーシップを発揮すべきだが、2002年のブラックコースでのオープンが実現すると大きな変化が生れて来ると予想できる。

ベスページ・ステート・パークの受け入れ態勢は、どうなのだろう。最も熱心なのは、ニューヨーク州の公園、リクリエーションのコミッショナー、B・カストロ氏である。「ロングアイランドにとっても、ゴルフコースにとっても素晴らしいことだ。ブラックコースを元の状態に戻すために公的な資金を100万ドルも投入できない。もし、協会がオープンのために投資してくれたら、我々は、義務として、全米オープンコースとして維持して行く。」ゴルファー側も、その日を待ちわびている様子が手にとるようにわかる。ブラックコースは、パブリックとはいえ、単に非会員ではなく、ムニシパル(公営)コースである点が重要である。前述したように、大恐慌後の弱体化した経済を再興させるための投資だった。造成のために2400人が覆われ、開場時は800人のキャディーが職を得た。現在は、定着し1994年296,000ラウンド。一コースあたり約6万。この地方は、シーズンが4月から12月初旬までの9ケ月にみたないのだから大盛況であることがわかる。ブラックコースのグリーンフィーは、平日20ドル、週末25ドル(平日50才以上のゴルファーは10ドル)である。9ケ月足らずのシーズン中、夜明け前からゴルファーは車の中で待機する。一週間前から予約できるが、午前5〜7時は、到着順にプレイできるシステムになっているからである。つい十年前まで、ブラックコースでは待ち時間がなかった。難コース過ぎて、敬遠されていたのである。しかし、現在では、予約も一杯だし、朝5時に行っても一時間以上も待たねばならなくなっている。ゴルフ人口も大きくなり、ゴルフ技術も向上した結果である。日本の場合、最もおくれているのは、ムニシパル(公営)コースの数と質である。米国の場合は、周知のように全米アマチュアとオープンが、1895年に発足した。しかし、この時に参加したクラブは僅か5クラブだった。ところが、初のパブリックコースが、同じ1895年に生れている。ニューヨーク州のブロンクスにあるVan Cortland Parkで、9ホールスが造成され、99年には18ホールスとなった。設計は、トム・ベンドロー。この頃のベンドローは、現場を歩き一日で設計を終えていた。いづれにせよ、十九世紀末には、市営コースを作る考え方が確立していたことが羨しい。質的には、その後のコースはかなり高度のものも生れている。L.A.オープン開催コースだったランチョ・パークも決して容易なレイアウトではない。(LAオープンは、その後、リビエラヘ移った。)パブリックコースで定評のあるコースは、ベスページのブラックコースとシカゴにあるコッグヒルで、双方とも米国有数コースに数えられている。

日本の場合も、パブリックの発足は大正2年。意外に早いのだが、対象は、上海から避暑で訪れる英国人だった。雲仙の9ホールコースである。残念ながら、パブリックでは運営できず、形態が変ってしまった。戦後、愛知県桑原知事が、ゴルファー育成のために森林公園ゴルフ場を開いた。昭和30年(1955年)。カナダカップが開かれる二年前だから、ゴルフ人口は僅かだった。桑原知事は、周囲の反対を押しきり、36ホールスを開場した。本格的な公営コースとして、日本で初の大英断だった。閑古鳥の鳴くコースで、ゴルファーを増加させるために様々な催し物をした記録がある。現在は、想像もつかぬ盛況で、桑原知事の洞察力を知るのに三十年も要したのである。日本のゴルフ界は、残念ながら、公営コースの方向には、なかなか動いていない。県や市が、河原を利用してのコース造りは行われたが、こうした傾向を助長するゴルフ界の支持が必要だったと思う。

●日本のゴルフコース数は十分か?

ロバート・プライス博士の研究で興味深い数字がある。国や地域で、10万人あたりのホール数である。例えば、前述のカナダのサスカチェワンは10万人に対し215ホールスと世界一の数字となっている。参考のために、数字を列挙しておこう。

   ●10万人あたりのホール数
    スコットランド‥‥‥‥‥133
    イングランド ‥‥‥‥‥‥44
    スウェーデン ‥‥‥‥‥‥38
    アイルランド ‥‥‥‥‥‥80
    カナダ‥‥‥‥‥‥‥17〜215
    米国 南東部‥‥‥‥‥‥138
    西海岸 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥50

日本の場合、単純計算をしてみると約30という数字になる。人口とゴルフホール数の割合だから、人口が少いと10万人あたりのホール数が高くなる。日本のコースは多過ぎるという話が一般的になりつつあるが、どうなのだろう。私は、現在220に近い数字は、1億2000万には多過ぎるとは思えない。むしろ、安い料金でプレイできるコースが生れれば、ゴルフ人口の底辺は広くなり、より充実したゴルフ界になって行くように思う。そのための一つの方途として、公営コースに対して関心を高めるべきだと思考する。公営コースをどこに造るか、そんな場所がどこにあるかという説をきく。

●休耕田の活用

最も手っとり早い場所は、休耕田である。日本の農地は、国土の僅か14.1%しかないが、それでいて休耕田は約83万ヘクタール。日本の田地の三分の一が、休耕田で、これに対して、保証金を払っているが、これは私たちの税金からなのだからたまったものではない。来年といっても不可能だろうが、近年中に休耕田の使用目的変更も自由化されるに違いない。さもなければ、何のために“自主性”を農家に持たせるのか意味がないからである。

休耕田の一部をゴルフ場とし、公営でも第三セクターでもよいが、農家も経営陣に入り運営して行ったらよいではないか。日本の田地は、気象条件にまで影響を与えるほど重要だが、草ぼうぽうの休耕田の一部ならば、効果は同じか、若干、よい結果を生むに違いない。

●世界一の森林面積

もう一つ大きな地域は、森林である。日本の国土の66.5%が森林。参考のために、カナダ(35.9%)、米国(28.3%も)英国(9.7%)仏(26.7)ドイツ(29.6)日本は山岳地帯が多いとはいえ、森林の%だけは世界一である。ただし、内容はすこぶる悪い。天然林(森林の54%)は、そのままとして、人工造林の方は、従来の考え方を変え、人間が楽しく活用する方向へ進むべきではないだろうか。

●世界一の中高年層人口

1920年代、わが国の人口は年令別にピラミッド状だった。現在でも、その形は大きく変ったが、2010〜20になると、中高年の人口比は、世界一となる。スポーツといえぱ、少年少女から青年だけと考えられていたが、わが国の場合は特に中高年層のレジャーの場は不可欠である。ゴルフは、年令を問わずプレイできるし、早急にゴルフに対する偏見をなくすようゴルフ界が努力せねばならない。

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