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GCA JOURNAL No.11
日本のワングリーン One-Green System Courses in Japan  
 
確かにグリーンはひとつのホールにひとつであるべきだ。それが本来のゴルフコースの姿だからである。小さなカップに向かうにつれてターゲットが狭められるのがゴルフの本質だからでもある。二つ目に、ひとつのグリーンのほうがより経済的に、より効率的にコース管理ができることを知るべきだろう。それだけ芝の研究が進み、ゴルファーに常に心地よいエバーグリーンが提供できるようになってきている。経営環境が悪化している中で、どこに経費節減を求めるか、という課題にもひとつの大きな要素として応えられる。不幸にしてひとつのホールに二つのグリーンをつくり、それが通常化してしまった日本の気象条件があったにせよ、ひとつのグリーンに代えなくてはならない条件は揃ってきている。スポーツゴルフをもっと高めていくとすれば本来のゴルフコースの在り方を知り、同時に経済性を高める工夫をもっと進めていかなければならない責務がある。
 
見逃せない労力と経費の無駄、そして設計の根本に関わること 金田武明(退会)
 
1930年12月1日から31年1月にかけてチャールズ・アリソン(退役軍人でキャプテン・アリソンと呼ばれていた)が東京クラブ朝霞コースの設計を依頼されて来日している。滞在2ヵ月の間に朝霞の他、神戸の広野、伊豆の川奈(富士コース)の設計図を完成させ、その2年前に開場していた霞ヶ関の改造も手がけたのだった。

1932年には日本で初めてのベント・グリーンのコースが関東(朝霞コース)と関西(広野)で誕生した。特に朝霞コースはフェアウエイまで洋芝(ブルー・グラス系)だったから、その鮮やかさはそれまでのコーライ芝、野芝のコースとは比べものにならなかった。おそらくこの世のものとは思えなかったに違いない。それは東京クラブの相馬孟胤子爵が数年前から研究していたエバーグリーンの実験と成果が役立つことになったからである。

しかし残念ながらその夢のような美しいコースは、その年の夏の暑さのために全
滅するという事態になってしまった。1932年の猛暑は歴史的なものだった。

暑さには強いコーライ芝グリーンは健全そのものだったが、1936年の2・26事件の日には大雪に見舞われ、霞ヶ関は一カ月も積雪のままだった。今度はコーライ芝がダメージを受けてしまった。

2・26事件の三日前に洋芝の大家・相馬子爵が他界しており、日本のゴルフ界は洋芝についての針路を失ったも同然の状態になってしまった。

この窮状に手をこまねいているのを嫌ったのは温厚でしられる井上誠一だった。

霞ヶ関・東コースのコーライグリーンが被害を受けていたが井上は、夏はコーライ、冬は洋芝という理論的にはあり得る二つのグリーンを実現させた(ツー・グリーンというコンセプト自体、井上がゴルフ本来の姿ではあり得ぬと熟知していたのは皮肉なことだった)。

戦後ツー・グリーンは日本の主流となったが、井上はそれまでの眼鏡状のツー・グリーンを変えようと大洗で新しい試みをしたが、成功したとはいえなかった(大洗はコーライと洋芝を半分ずつにしてワン・グリーンへの切り替えをした)。

一方、アメリカではグリーン研究所(USGAのグリーン・セクション)が1920年に発足し、現在のUSGA方式への研究が進んでいた。米国の研究は新しい芝、グリーンの構造、砂の採用といった構造改革にあった。

日本の洋芝の研究は戦争のために、それまでの知識は消滅してしまっていた。ツー・グリーンという方向の違う解決策へ走ったのもそのためだった。これを何かにたとえるのは難しいが、日米の蚊の対策の違いが比較できるだろう。日本は蚊を防ぐのにカヤを使うことにして、カヤの金具とか材料の開発に専念した。

一方、米国は蚊そのものの存在を否定することからとりかかった。水が蚊の発生源と知れば水を取り除く努力をした。その結果、米国は人間が憧れてきた黒土に疑いをもち、砂を主体にしたグリーンベッドを開発して今日に至っている。

USGAのグリーンセクションには大義名分があった。ゴルフコースでの芝の使用量は米国全体の一割に満たない。九割が家庭か公園で使用されるから、農務省が遠慮なくUSGAを援助できたのである。国家的な事業だったといえる。

日本の場合は援助どころか、社会主義国家以上の無理解な弾圧があったのだから、競争にもならなかったのは当然である。

公式競技の場としての疑問

ツー・グリーンにはいろいろな問題がでてくる。コース管理の人と話すときにいつも話題にすることは、競技の場としてのコースは、修理地などはなるべくないように努力する。その理由はよりよい試合を実現するためである。

ツー・グリーンのコースで“使われないグリーン”はどう扱うべきなのだろうか。誤ったグリーン(WRONG)なのかGUR(修理地)なのか、コース側と競技主催者と協議する問題である。

“使用されないグリーン”の面積はいずれにせよ合計12,000〜15,000uにもなる。4uの修理地も嫌うキーパーにとっては気の遠くなるような大きな数字である。二つ目のグリーンをスルー・ザ・グリーンに扱うというのも競技の観点からすると全く常識外である。グリーンと同様に整備されているから慣れれば本当に容易なショットになってしまう。

設計上からいっても眼鏡のように二つのグリーンが並んでいるツー・グリーンは独創性のないコースが出来上がってしまうことになる。ひとつのグリーンをバンカーやハザードで守るという意識は、ツー・グリーンになった途端に消えてしまうからだ。

またツー・グリーンは、グリーンに近づくほど狙いが広がってしまう弱点がある。グリーンを外したところからのリカバリー・ショットはどこへいっても同じ種類のボールで攻めることになる。単調なゲームの繰り返しをゴルファーに強要してしまうのがツー・グリーンである。ゴルフのプレー内容ということになると問題外となってしまうのだ。

フロリダのウエスト・パームビーチにフレンチマン・クリークというコースがある。設計はガードナー・ディッキンソン(ベン・ホーガンの高弟の一人)。ここではチェッカー・フラッグとソリッド・フラッグが用意されている。ソリッド旗のグリーンは難しく、チェッカーは容易なところにグリーンがあった。ツー・グリーンとはいえ、二つのグリーンは少なくとも150ヤード離れ、しかも周辺の状況は全く違う。確かに一案で面白いには違いなかったが、毎ラウンド、どの旗にするかを考えるというのはあまりよい趣味とは思えなかった。

不経済を見すごせるか

グリーンの造成は他の部分と違って基礎構造に多額の金額がかかることになる。ベッドにする砂ひとつをとりあげても他の部分とは大違いだ。砂の形状、大きさ、性格をしっかりと見極めてから決定する。しかも、造成時から少なくとも10年間、同じ砂が供給できるかどうかを確認する作業が残っている。内臓の丈夫な健康人の皮膚が輝くように美しいのと同じで、芝(グリーン)も砂ベッドがしっかりしていれば、よい芝が育つことになるからである。

グリーンの芝はフェアウエイやラフの芝と違う。短く刈り、しかも踏みつけ、ボールが落下しても傷つかないという過酷な条件に耐えなければならない。それに早さも要求されている。管理には灌漑・排水と、より以上の薬品や肥料を使用することになる。管理費も相当な経費負担がかかり、大きくなることはどのゴルフコースも同じである。3ヶ月〜6ヶ月単位では目立たなくても、5年〜10年を考えると大きな金額になる。

イリゲーションの発達によってグリーンの構造的改革が成し遂げられた現在、あまり役に立たない“二つ目のグリーン”のために多くの労力と経費は全くの浪費といってよい。むしろ、ひとつのグリーンにしっかりと投資した方が、より経済的で、より快適なプレーのできる場となることは疑いない。
金田武明
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