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GCA JOURNAL No.7
地域スポーツに欠かせなくなったムニシパル・コース 編集部
日本のムニシパル・コースの歴史とトム・ワトソンの活動


ゴルフ倶楽部の運営形態のタイプを大別すると、三つに分類されるといってよいであろう。一つは通常のメンバーシップにより構成される倶楽部、二つめがリゾート地と言われる地域でのプレーを楽しむためのゴルフ場、三つめがムニシパル、いわゆる公営として経営運営されるゴルフ場である。

往々にしてリゾートコースとムニシパル・コースをパブリック・コースと一括で総称してしまう傾向があるが、この塙では、同じパブリック・コースでも、リゾートコースとムニシパル・コースを明確に分けて考えたいと思う。

ゴルフ場の起源をさかのぼれば、本来の意味であるパブリックなスペース(公共に利用されるスペース)での「わいわい遊び」の場を活用し、始まったと考えても大きな間違いではないのではなかろうか。

同好の士、いわゆる仲間が集まって自分たちのために運営しているメンバー・コースと、誰でもがプレイできるパブリック・コースとが、まったく異なった考え方で運営されるのは当然のことである。

世界中どこの国においても、メンバー・コースが圧倒的に多いことは確かであるが、近年はパブリック・コースの比率が相対的に高まってきていることも事実である。国によってその事情は違うが、20世紀のゴルフ人口の驚異的な増大が、パブリック・コースの需要を喚起した結果といったら間違いだろうか。

庶民の遊びから、貴族の楽しみに変えられ、そして現在では誰にでも楽しめる生涯スポーツとして親しまれるものへと成長した結果がそうさせていると思える。


■パブリック・コースの草分け雲仙コース

日本のパブリック・ゴルフコース草分けは雲仙ゴルフコースである。六甲、横屋、根岸についで、日本で4番目のゴルフコースとして生まれたのが、明治45年(1912)に創設された長崎県の雲仙コースである。それまでのコースが、いずれも在留外国人によってつくられたのに反し、この雲仙コースが長崎県営の公園施設として、早くもこのような時代につくられたことは、たとえその目的が、当時東洋各地から雲仙に集まる外国人避暑客のためのサービスであったにせよ、日本のゴルフ史において特筆に催すべきことといわなければならない。おそらくこれは、当時の長崎県当局者が、六甲、根岸などで外国人がゴルフをはじめたのを開いて、英米などにおけるムニシパル・ゴルフコースの例から着眼したのであろうが、いずれにせよ当時としては、非常に進歩的な先見であったといえよう。

長崎県公園課の古い記録によると、明治45年(1912)、県立の温泉公園を設立するために、いわゆる雲仙岳と呼ばれる妙見、野岳、矢岳、吹越山などに介在する一帯の広野の池の原の民有地に、99カ年の地上権を設定したのが、のちにゴルフコース着想の因となったといわれる。その後、植物学者松村作三博士が、たまたま温泉公園視察におもむいた際、他の原一帯の広野を見て、ゴルフ場に適すると言ったのが動機となり、温泉ゴルフ場建設の計画がたてられた。だが、当初の意図に反して、その後期待したほどの成果が上がらなかったため、大正3年(1914)完全なゴルフコースに大改造の必要があり、初期のパブリック制を改め、温泉ゴルフ倶楽部を組織することになった。歴代の県知事が雲仙公園の発展策とともに、ゴルフコースの改善に努力した結果、大正11年に、雲仙コースはまったく面目を一新したのである。雲仙コースは九州の軽井沢といわれる爽涼の空気のため、東洋各地から多くの外国人ゴルファーが来遊し、国際的リゾートコースとして知られるにいたったが、惜しむらくは当時の交通状況では本土からは遠く、一般ゴルファーの手軽なリゾートコースとして親しまれなかったのは、記念すべき日本最初のパブリック・コースだけに悔やまれる。雲仙コースは、太平洋戦争中まったくの放任状態となり、畑や軍馬育成場に利用されて終戦を迎えたが、米軍の進駐とともに接収され、昭和24年(1949)長崎県に返還されるまで、米軍専用のゴルフコースとなった。接収解除後、昭和32年に倶楽部ハウスを新設し、県営ゴルフ場として現在にいたっている。
(雲仙コースについては有明書房刊摂津茂和氏著『日本ゴルフ60年史』要約)


■ムニシパル・コースが愛知県に誕生

 雲仙コースの由来を長々と引用したのは、明治45年に地域振興策としてムニシパル・ゴルフコースを計画し、実行したという英断を、現代の行政にももっと深く理解してほしいためである。雲仙もリゾートコースではあるが、これ以降に開発されたゴルフコースは、当然ながらリゾートコース中心であり、ムニシパル・コースはなかった。

 しかし、昭和30年(1955)にオープンした愛知県森林公園ゴルフ場は、ムニシパル・ゴルフコースとしては本格的なゴルフ普及を目的とした、画期的なものとなった。ゴルフ人口を増やすため地元の新聞社、県スポーツ会館などとゴルフ教室を共催するなどの活動は、現在のサッカー、Jリーグが目指す「地域に密着したスポーツクラブの普及」の原点と捉えるのは間違いであろうか。コースのある森林公園自体が県立の公園で、総合レジャーランドになっているということは、愛知県のスポーツ振興と環境保護政策の先見性を垣間見る思いである。


■日本のゴルフ場開発

 昭和32年(1957)10月の霞ヶ関C.C.で開催されたカナダカップ(現在はワールドカップに改称)で、日本の中村寅書、小野光一両プロが団体、個人で優勝するという快挙により、日本にゴルフブームが沸き起こったのは周知のことである。当然ながら全国各地でゴルフ場の開発が進み、大衆スポーツとしての地位を確保するまでに急成長してきたのである。現在では2000を超えるゴルフ場が全国にまたがっているが、大半がメンバーシップのゴルフ場であり、パブリック・コースは300弱でしかない。そのうちムニシパル・コースはわずかに49カ所。まして21カ所が平成元年(1979)〜4年(日本のバブル景気の真っ最中)にオープンし、それ以降はたった1カ所という現実をどう見たらよいのであろうか。アジア大会では正式競技となり、本年の熊本国体(国民体育大会)からは新たに正式種目に加えられている。国際競技会で通用する選手、ジュニアの育成が強く望まれているなか、大半がメンバーシップのゴルフ場では、スポーツとしてのゴルフを発展させるには、余りにも貧弱な基盤といっても言いすぎではないであろう。低料金で誰もが楽しめるムニシパル・コースの出現が待ち遠しいものである。


■トム・ワトソンが語る米国FTP活動

社団法人日本パブリックゴルフ場事業協会の会報に、米国のトム・ワトソンのインタビュー記事が掲載されていたが、その内容は大変興味深いものであったので、ここに紹介させていただく。
USGA、USPGA、USPGAツアー、USLPGAの4団体を中心に設立された、ワールド・ゴルフ・ファンデーションによって「ファーストティー・プロジェクト(以下FTP)」が具体化してきている。ワトソンはFTPの活動に一個人として積極的に参加し、今やその象徴的な人物となっている。

「FTPは2000年を目標に、子供たちが安い料金でプレイできるパブリック・コースを、全米に100カ所造っていこうというものです。これまでは裕福な家庭に生まれた子供でないと、なかなかゴルフに接する機会がありませんでした。親がゴルフクラブのメンバーであればいくらでもチャンスはあるわけですよ。そうでない子供たちはなかなかチャンスがない。そのためにまず、プレイのできる場所を提供しようというのが最優先テーマなのです。既に19コースが完成し、目標達成は十分可能です」

FTPの名誉会長であるジョージ・ブッシュ元大統領は「ゴルフを始めたいと願う人々に、安い料金でゴルフを知るチャンスを提供できる場所を造っていくのが目的である」と述べている。さらにワトソンは、「3ホールでも6ホールでも十分。もともと、ゴルフの発祥は羊飼いが石を転がして遊んだという1ホールだったんですからね」と笑う。

FTPの活動はもちろん施設を造って終わりではない。運営的には市やワールド・ゴルフ・ファンデーションが協力している。

「低料金を設定しているために、コースの維持・運営を利用料金(子供2ドル)だけで賄うのはできません。それを補助するための資金は、ワールド・ゴルフ・ファンデーションの基金のほかに、市の公園課の財源から出してもらっています。このプロジェクトが成功するかどうかのカギは、何といってもこれに関わる個人と公的機関が協力し合うということにつきます。自治体からは使っていない公有地を無料ないし格安で提供してもらい、個人や地元企業にはコース造りに必要なお金を出してもらうという形態が一般的です。この両者の協力関係がポイントです」(トム・ワトソン) 日米のゴルフ界を取り巻く環境には大きな違いがある。国民性やゴルフの歴史、その他の諸事情を無視して、単純にその差を比較して見ても意味はないかもしれないが、「うらやましいな」と思うのは筆者だけではないだろう。
「若者は過ちを犯すこともあるが、それが過ちであることを教え、その過ちを克服するための手助けをしてあげることが大事だ」というワトソンにとって、ゴルフはゲームであり、スポーツであり職業であると同時に人生の学校でもあるのだろう。 官民一体となって、青少年の健全な育成、高齢者の社会への関わりを促進する、その場所としてのムニシパル・コースを、積極的に考える時期にきていると思うのは贅沢であろうか。

■通産省統計から見たパブリック・コース

最後に通商産業省大臣官房調査統計局が平成10年12月に発表した『特定サービス産業実態調査報告書 ゴルフ場編』平成8年11月〜平成9年10月)に記載された統計資料で、この塙に関係ある数字を列挙してみたい。

平成9年(11月1日現在)における全国のゴルフ場総数は2,046で、年間売上高は1兆5,311億円、年間延利用者数8,970万人、会貞数292万3,000人、である。

運営方法別にみると、「会員制」が1,518コース、「会員・非会員制併用」300コース、「非会員制」が228コースとなっている。年間延利用者数はピークであった平成4年の9,450万人からは、480万人の減少となっている。利用者総数の内訳は「会員」が2,346万人、「非会員」が6,624万人で、「非会員(いわゆるビジター)」が総数の73.85%になる。

また、運営方法別でのゴルフ場平均利用料金(18ホールでのグリーンフイーの単純平均)を見ると、「会員制」(含む会員・非会員併用)での非会員は平日9,469円、土曜16,278円、日・祝日16,137円であるのに対し、「非会員制」では平日7,240円、土曜12,036円、日・祝日11,895円となっている。 この場合の「非会員制」はリゾート・コースが80%を占めるのであるから、ムニシパル・コースだけの平均がとれれば、もっと大きな差にになってくるであろう。

残念ながらムニシパル・コースだけの統計は出ていないが、ムニシパル・コースの比較的多い群馬県(「非会員制」16コースのうち8コース)をみると、平日平均6,531円、土曜11,191円、日・祝日11,003円と全国平均よりも低くなる。(因に群馬県の8コースで平成9年度、入場人員324,414人、利用料金23億8,400万円、一人平均7,350円となっており、ゴルフ人口の底辺拡大と河川敷及び国有林の有効利用に貢献している)「会員制」の総売上は1兆2,482億5,800万円、総経費1兆1,776億7,100万円、単純な1コースの平均粗利益は4,650万円である。

それに比べ「非会員制」は、総売上1,312億6,600万円、総経費1,099億6,200万円で1コース粗利益は9,340万円になる。 このような統計数字だけで判断することの是非はあると思うが、遊休の公有地を有効利用できれば、低料金で誰もがプレイできるゴルフ場の開発が、もっと進むのではないかと考えられる。若年層から高齢者までが、同じ土俵でプレイできるゴルフに、もっと公共性のある対応を強く望みたい。

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