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フォーカスオン 現代のコース設計家
月刊ゴルフマネジメント Architect's Corner  2017 Aug. 協力:一季出版(株)
第1回 大久保 昌
 

これまでのゴルフコース、改造、改修の話は一段落。今回から、設計家に焦点を当てて、ゴルフコースの設計及び改造・改修のポイントを探っていきたい。
コース改造といっても設計家の個性やゴルフ思想の違いによって様々なアプローチがみられる。デザイナー自身の設計したゴルフコースに、それらは反映されているが、個々の“作品”がゴルファーに語りかけているものは何か。それを探ることは、コース改造を考えているゴルフコースの一助になると思えるのだが……。
まず第1回として日本ゴルフコース設計者協会の最古参でもある大久保昌氏にご登場いただこう。東の井上誠一、西の上田治と称された、現在ゴルフコース設計のレジェンドともいえる井上誠一氏に四半世紀に渡って師事し、井上イズムの正当な継承者でもある大久保氏。その履歴にはゴルフコース及び芝に対する深い造詣が刻まれてきた。

井上の傑作“龍ヶ崎”との出会いが設計家、大久保昌を確立した

御歳、88歳である大久保氏だが、設計事務所を訪ねると、まだまだゴルフコースに対する情熱は衰えてはいない。とにかく若々しい。国内外に20を超えるコース設計を行い、現在も名門と呼ばれるコースを含め、数多くのコースの改造・改修に取り組まれている。それらの一端はこれまでの連載の中でも紹介してきた。磯子、桜ヶ丘……など。その内容も2グリーンの1グリーン化であったり、ホールの改修など様々。
大久保氏は出身が千葉農専(現在の千葉大学園芸学部)であるので“芝”には滅法強い。
ゴルフコースの出会いにしても、埼玉県朝霞のキャンプドレイクにあったゴルフコースのグリーンキーパーとしてであった。
大久保氏のキーパーとしての腕は近隣のコースに知られるようになり、丁度、ジョンソン基地(朝霞)にいた井上誠一氏に認められ、井上が龍ヶ崎を設計、造成するに当たってシェーパーとして大久保を招くことになった。これが巨匠井上誠一との出会いで、以来井上が物故するまでの25年間師事することになる。
龍ヶ崎カントリー倶楽部は井上誠一設計のゴルフコースの中でも、「井上自身がそう思っていたふしがある」と大久保が語るように、数多くの傑作の中でもピカ一の出来であったといわれている。
その傑作中の傑作に造成時からシェーパーとして取り組んだ時間は、その後の大久保に多大な影響を与える。
龍ヶ崎開場後数年間をグリーンキーパーとして勤めた後、1973年開場の日本海カントリークラブ(新潟県胎内市)の設計及び監理を受けた。
1953年のキャンプドレイクから20年弱、芝管理・造成についての現場体験を積み、加えて龍ヶ崎において井上誠一の設計エッセンスを学んでの新進気鋭デザイナーの誕生といえよう。
日本海カントリークラブは大久保の設計第1号であると同時に、傑作中の傑作ともいわれている。この地区のゴルファーにとっては東の大洗、西の日本海と呼ばれるほど愛されているコース。
師の大洗と同じようなシーサイドというロケーションであり、大久保が師の大洗から学びとったものは大きかった。
「結局ゴルフコースというものは設計者のセンスの問題」と常々大久保は語っているが、井上の大洗を目の当たりにした大久保にとって樹木の扱い、マウンドとマウンドのつなぎ方、つまり造形、造園のパートにおいても大いに触発されるものがあったといえる。
そこには単に師匠のコースだからといった単純なものではなく、心の琴線に触れるものがあったのだろう。
それこそ師へのリスペクトであり、大久保自身の喜びではなかっただろうか。

日本海での成功がゴルフ場業界の大きな信頼を得た

コース設計家、大久保の第1号となった日本海の評判は高かった。
師の井上にしても愛弟子の作品に対して、何かとアドバイスをしたというが、要は大久保自身のセンスが優れていたという所につきるだろう。
大久保はコース設計についての考え方を次のように語っている。
「まずコースレイアウト。これは自然環境を大切にすることが基本です。次にゴルフゲームを面白くするための戦略性に富んだデザイン。そこで忘れてはいけないのがあらゆるゴルファーに楽しみを与えるプレーヤービリティとフェアな考えです。またゴルフコースは美しくなければ興が削がれてしまうでしょうから、コースを修景するランドスケープと美的アピールも大切です。そしてゴルフコースの基本である芝の監理のしやすさ。芝種の選定から、グリーンやフェアウェイの形状にしても、管理しやすさも大きなポイントになる。まず芝盤づくりをしっかりしなければ。以上がコース設計に当たっての考え方です」
こうした基本思想に、井上誠一流のエッセンスを加え、大久保のコース設計は花開いた。
1973年開場の日本海以来、全国からコース設計の依頼が殺到。76年の麻生カントリークラブ(茨城県)、83年の白鳳カントリー倶楽部(千葉県)、87年の潮来カントリー倶楽部(茨城県)など2003年の中城ゴルフ倶楽部(沖縄県、現オーシャンキャッスルCC)まで、ほぼ毎年新規のコース設計・監理が続いた。
その後は設計だけでなく芝監理の強みを生かして、改造設計、グリーン改修、コース植栽設計、クラブハウス他造園設計などの改造改修監理を進めてきた。同年に4〜5コースを掛け持ちすることもざらであったようだ。
御歳88歳。とにかく精力的に働いていらっしゃる。
こうした仕事が殺到するのも業界に入ってから半世紀を超える実績と、井上誠一をはじめとする人々との出会い。信頼される人脈の太さが大きいはず。
今、大久保が改造・改修などにおいて心がけているのは、「コースのオーナーとのコミュニケーションが大切。オーナーはあれこれ口を出したくなるもの。困ったことにゴルフに対する愛情が大きいほど、手を出したくなる。これは仕方のないことだが、設計者にもプライドがある。オーナーの口出しがストレスとなることだってある。そういう場合は丁寧に説いて理解を得るしかありません。でも本質的には希望は聞くけれど決定はこちらがするということです」と語る。
必要があるからコース改造に踏み切るゴルフコースにとって頼りは設計家しかいない。
その点レジェンドともいえる大久保の存在は大きい。
永年の経験と蓄積。なによりも大きな実績が光っている。
「一時流行っていた、ピート・ダイが日本に持ち込んだニュースコティッシュの考え方。これが当時のゴルフコースをダメにしたと思っているが、最近は落ち着いている。オーナーの考え方も、日本的なもの、ジャパニーズ・クラシックに目が向いている。日本的な美しさの中にコースデザインを……。改造・改修の基本はあくまで守る」
と大久保は語る。
まだまだ大久保さんには頑張って貰わないと……。

(文責・井口紳)

 

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