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月刊ゴルフマネジメント Architect's Corner  2016 Mar. 協力:一季出版(株)
第33回 筑波カントリークラブの巻
 

原設計/ 佐藤 昌
改造設計監修/ 川田 太三

首都圏のゴルファーにとって一度はプレーしたいと思うコースが一つや二つはあるもの。つくばみらい市の筑波カントリークラブもそんなコースの一つだろう。
ゴルフコース全体の雰囲気、コースレイアウト、歴史、交通のアクセス……、どれをとってもトップクラスに入ってくる。コースの評価で高ランクを受けているのもうなずける。
昭和34(1959)年9月の開場。設計は日本庭園の大家であり、数多くの設計を手がけた佐藤昌氏。「当時トータル7,000ヤードを超えるコースは相模原、大洗、鷹之台、狭山、川間などわずかで、7,000超えは謳い文句として評判となった」と関係者は語る。庭園を思わせるような美しいコースで広くて長く、昭和62年の日本女子オープン開催とその前年から平成10年まで断続的に続けられた女子競技、ニチレイインターナショナルと相まってその名は全国区となった。
この間コース側ではただ名前を売るだけでなく、昭和36年にはアウトコース、インコースの転換を実施。昭和50年には1番ホールと9番ホールを入れ換え、昭和60年には9番をパー5に変更。当初からメイングリーンはコーライ(現在のみらいグリーン)とし、ベント(現在のつくばグリーン)がサブグリーンであったが、このベントグリーンを昭和63年に全面改造し、ペンリンクス、サンドグリーンとしている。この他にもクラブハウスの新設(現在のハウス)や池、ティグラウンド、橋、防止ネットなど様々な改良工事を丹念に続けていた。

メイングリーンの使用頻度が低くなり、全面改造に…

このようにゴルフコースのアンチエイジングとばかり積極的に手直しや改良に取り組んできたが、平成18年になってメインのコーライグリーンの全面ベント化に踏み切った。
当時の事情を松田浩治副支配人は「サブのベントグリーンの評判が上々で、メンバーも一般客もサブグリーンでプレーしたいという声が大きくなりました。ベントグリーンの転がりはコーライとは雲泥の差でスムーズ。その結果本来はメイングリーンのみらいグリーンが稼働するのは年の2、3カ月となってしまいました」と語る。
筑波CCの本来の“姿”はみらいグリーン。ヤーデージの基本はメイングリーンによりトータル7,000ヤードを超える。そのグリーンが使われないとするとこれは放ってはおけまい。
「結果として、みらいグリーンのベント化に踏み切ることになり、クラブ役員と知己のある設計家の川田太三氏に改造監修をお願いすることになりました」(松田副支配人)
となると一気に1グリーン化という声も出たが、「1グリーンともなると1年近くクローズしなければならないので、これは断念しました」(松田副支配人)
年間数万人を集客するゴルフコースにとってこれはあまりにもリスクが大きい。
川田氏も「ゴルフコースにとって1グリーン化は重要なテーマ。しかしながらクラブ側、会社側の諸々の問題がある。クローズせずに済む方法もあるが皆さんのコンセンサスがまとまってからでも遅くはない」とみらいグリーンのベント化を快諾した。
平成18年夏から改造が始まった。
改造にあたって川田氏は「伝統ある筑波カントリークラブのグリーン改造という大役を御下命いただいたことは大変光栄であり、責任の重さを痛感しています」と語っている。
「ベント芝は新種の“ペンA-4クリーピングベント”としましたが、コーライとは違って傾斜は概ね穏やかなものにしました。ただパー5や比較的距離の短いホールでは斜めの傾斜が交錯するようにしました」と川田氏。距離が短い分、グリーンでコントロールしているということか。
またピンポジションのことも考慮してグリーンの拡張は21平米から230平米の間で広くなった。そのためグリーン周りのマウンドやバンカーにも当然手を加えている。
グリーンの面積はすべてのホールが500平米前後であるが、グリーン面での錯覚を演出するマウンドを作り、また弱いものいじめとしか思えないバンカーを無くした。
例えば1番ホールグリーン手前にあったバンカーや、8番ホールの二重バンカーなど。その結果よりフェアなホールに生まれ変わっている。
川田氏のデザイン哲学には弱いものいじめをいましめる精神がある。
「アベレージクラスの飛距離だと丁度つかまってしまう辺りにバンカーを配す。ロングヒッターは軽々と越してしまっては何のためのハザードなのか」と川田氏。
例えば旧グリーンをそっくりそのまま後方に移行させ、距離が30ヤード延びた9番のパー5など、アウト唯一の二段グリーンで、手前最低部から中央後方まで70cmの高低差がある。ここを力自慢が2オンを狙うと右手前のバンカーがグリーンをがっちりガードしている、といったバンカーならフェアといえるだろう。

グリーンを改造すれば距離が変わり、ティグラウンドも樹木も変化する…

川田氏の“仕事”はメイングリーンのベント化であったが、それに付随してティグラウンドや立木なども調整することになる。
この中にはウレシイことも生じている。例えば3番のティグラウンドなど、グリーン面を80pほど下げたことで見やすくするためにフェアウェイを低く掘り下げ、ティグラウンドも低くなったが、今まで隠れていた池が見えるようになった。「特に夏場などはその清涼感は素晴らしいものとなった」と喜んでいる。
原則的に立木は伐採しなかったが、30mを超える1番ホールのメタセコイヤなどは圧迫感が強すぎ、調整の意味もあってある程度整理している。
残念だったのは10番ホール(544ヤード・パー5)のフェアウェイにあった松の大木。このホールは「ティショットが右側境界外の民家に飛び込むことがないように、バック、レギュラーのティ位置を後方に移すことで危険防止策とした」(川田氏)ことで、グリーンは後方へ10mほど後退。右手前のオープンエリアからの寄せが定石となった。また、この用水道の変化によるものか、プレーラインの変化によるものか松が立ち枯れてしまった。
このホールの名物であっただけに残念ではあったが、この松が無くなったことで窮屈さがなくなりパー5としてより戦略性が高まったのはウレシイ誤算であったようだ。
肝心のグリーンは極端な傾斜などはなく穏やかなものに仕上がっているが、通常の管理状態では難グリーンでないものの「何か大きなイベント、競技の場合にはグリーンを硬く、速く仕上げ、錯覚も加わって1、2cmの読み違いが出てきますからご用心」と川田氏。
平成18年9月には播種し、翌19年からみらいグリーン(新ベント)の使用は開始された。
この改造からすでに10年、「みらいグリーンが本グリーンとして定着し、サブグリーンより難易度は当然高くなり、また川田さん特有のグリーン背景のマウンドなどを利用した錯覚によって微妙なラインが面白いと評判を得ています」と松田副支配人。
川田氏の狙い通りということか。それまでの広くて長いという昔のイメージはこの改造によって一新され「大人のコース」になったことは喜ばしい限り。
改造10年、さて次の手は……。

(文責・井口紳)

 

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