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月刊ゴルフマネジメント Architect's Corner  2015 Feb. 協力:一季出版(株)
第20回 加古川ゴルフ倶楽部の巻
 

原設計/ 大谷光明
17ホール改造設計/ 中田浩人

ゴルフコースもスタートしてから半世紀を経るようになると、その歴史に応じたレジェンドが生まれてくる。結局、それにはコース、メンバーシップに携わった“人”の存在ぬきに語ることはできない。

“狭いコース”のイメージを払拭したい

加古川ゴルフ倶楽部は1957年9月開場。関西で13番目。名コースが多い兵庫県下でも9番目の誕生。何より注目されるのが、設立が難しくなった社団法人に代わる倶楽部組織として株主会員制を採用したということだろう。
コース設計は日本のゴルフ黎明期の巨人ともいうべき大谷光明。プレーヤーとしても卓越していた氏の最後の設計でもあった。
ただしコース造成はかなりの難工事。原因は岩の多さ、大きさだった。土を移動しようにも土壌のすぐ下は岩盤で、掘削が出来ない。その結果、仕上がりはポイントを渡り歩くようなホールが実際に存在したことも否定を示さなかったようだ。
例えば、あるパー5のホールなどでは、ティーショット、セカンドショットをミドルアイアンでつなぎ、第3打をウッドでグリーンを狙うのが一番の安全策と言われても、フェアウェイの広い場所を狙って、正確に打っていくには相当な技術が必要で、一般のアベレージゴルファーにはやはり相当辛い。
そんな中で多くのレジェンドが生まれている。開場数年後に行われた学生選手権での話。最後のハーフで、当時の学生のレベルでは考えられないような3アンダーの33が出て、トップに2人が並び、サドンデスのプレーオフへ。関東と関西の対決となった。思いがけずに追いつかれて気落ちしたか、関西がティーショットを2発OB。
勝負があったと思われた矢先、逃げに入った関東が第2打で2発OB。結局、11対12で関西代表の優勝になったとか。うまくいけば33も出る反面、崩れだしたら止まらないという難しさがあるのでは、ゴルフ場側でも放っておくわけにはいかない。
そこで早速、狭いコースというイメージを挽回すべく改修工事が始まる。県の規制をしっかりと守りながら、コース管理がこつこつと岩を取り除き、フェアウェイを拡幅して、プレーのし易いコースへの転換を積み重ねていった。加古川の場合には人に恵まれていたのだろう。
今回17番ホール改造を進めた中田浩人氏も「歴代の理事はもとより、加古川を愛してやまないメンバー諸兄の想い、それを形にして来たコース管理課はじめ従業員全員の努力のたまものと思います。」と語る。
長年にわたる微調整≠経て2000年、関西の識者、大橋一元氏の改造設計、小林祐吉氏監修により、ワングリーン化へのグリーン大改造を行った。
この大改造の結果、評判も上々で会員諸兄はもとより、“レジェンド”のテイストを尊重しつつ、時代の風潮に合致させた試みは成功といっていい。ただし、こうした改造をしても積み残される部分はでてくる。

“積み残した”17番ホールを一気に改造

問題となったのは、今回の舞台となる17番パー4。バックティから435ヤード、レギュラーからも390ヤードと比較的に長いホールだった。
「単調な打ち上げホールで、ティーショットが200ヤード以下のプレーヤーにとっては第2打目が10m以上の打ち上げ、ピンすら確認が難しい。つまり、飛距離によるハンディが大きいタフなホールでした。更に左サイドの林帯が鬱蒼として、全体の景観は暗く窪地を這ってゆくようなホールでした。かといって、とりわけ悪いホールでもありませんでした」と改造にあたった中田浩人氏は語る。
加えて、左林帯からの法面尻にあるカートレール上に転がり落ちたボールへの救済としてドロップエリアがないという難点があった。「早い話、法面がレールぎりぎりに取りついており、後方線上にスペースが取れなかったので倶楽部は問題視していました。」
カートレールからの救済ルールがあってもこれでは対応しきれない。ルール委員会で特別措置を決めるか。別にドロップエリアを設けるか…。
まさに先の大改造での積み残しであったわけだ。
倶楽部が改造を決断する上で後押した言葉があった。
「多分、今回の改造の発端は、某ゴルフ史家の助言が大きかったようです。『全体の18ホールの中でこのホールだけが単調で面白みに欠けます。少しドッグレッグのイメージを加えるとこのホールはもっと良くなり、全体のまとまりも良くなるでしょう』というような話だったと聞いています」と中田氏。
倶楽部側ではこうした諸々の案件を総合的に判断して改造工事を2003年中田氏に依頼することになった。
中田氏は問題点を整理し、某ゴルフ史家の意見も加味して、右手前にクロスバンカー、左側にサイドバンカーを配することで、対角線で攻めるホールへと変貌させた。
ダラダラとただ打ち上げていくストレートなホールイメージを一新。フェアウェイIP地点の40ヤードの幅をどう使っていくかなど、球趣尽きぬ味が生まれた。
中田氏は「このバンカリングにより、右手前のクロスバンカー越えをターゲットラインとして狙うか、バンカー左側に刻んで安全に攻めるかという選択肢をティーグランドから判断してもらうセッティングが明確に作れたと思います。ポイントは、飛距離の弱者に対する分かり易い道先案内と、強者への魅力的な誘惑だと思います」と語る。
ランディングエリアは全般に最大2m歩ど嵩上げし、IP手前50ヤードからでもピンを見通せるようになった。「左サイドの鬱蒼とした樹林帯を思い切って伐採し、そのエリアの岩混じりの土を切土、嵩上げの盛土に転用しました。カートレールについては、法尻から2m程度の平面を確保してセットしました。結果的に幅も広がり、グリーンへの視野の改善で残り220ヤードからでも次の攻略を立てやすくしました」と中田氏。

グリーン周りの微調整も同時に…

今改造を機に、懸案事項の解消と同時にグリーン周辺も若干の修正を行っている。ここに修正点をあげておこう。
●左バンカー底の高さをグリーンより1.5m下がった盤に落とし、バンカー越えのエリアでグリーンを拡張。新しいピンポジションを作った。
●右サイドには管理道路とクスやカシノキの大木があり、複雑で落葉が年中絶えなかったこともあり、それらを一掃した。
●右側二つのバンカー出入口の高低差が年配者には急すぎたため、入り口周辺を下げ解消。

……もっともこうした修正は開場当初から少しずつ行われてきたことでもある。
加古川ゴルフ倶楽部のレジェンド性は消えていない。“狭いコース”のイメージは消えたとはいえ、大谷光明のテイストは、開場から着実に進められた改修の歴史に、はっきりと焼き付いている。2000年の大改造から今回の改造の流れもそれを継承するものに他ならない。
このような試みは歴史を重ねたゴルフコースの改造の有り方を象徴し、提案していると言えまいか。

(文責・井口紳)

 

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