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日本ゴルフコース設計者協会 正会員
藤原 進
 

手作りの自然との融和こそ鳴尾コース開発の原点

アーサー・ヘスケス・グルームが、明治36(1903)年、神戸の六甲山に開いた神戸ゴルフ倶楽部が日本のゴルフの夜明けであれば、鳴尾はその歴史のパイオニアと言えます。「横屋ゴルフアソシエーション」、「鳴尾ゴルフアソシエーション」を経て、設立者のロビンソンを中心に1920年、再結成された鳴尾ゴルフ倶楽部(兵庫県川西市西畦野、18ホール、6,612ヤード、パー70)。その変遷の中に、ゴルフ場の理想形を求める堅牢な設計思想が見られます。
当初の鳴尾浜に造られた「海コース」に対して、兵庫県川西市西畦野に「山コース」を造りたいとの発想が、理想の地形を追い求める大きな原動力となったのでしょう。鳴尾のメンバーであったクレーン3兄弟が捜し求めた地形こそ、今の鳴尾の地だったのです。
今から80余年前、1920年代後半と言えば、ゴルフ場建設に欠かせない大型重機もなかった時代。開発から工事工程の全てにおいて、手造りの作業を余儀なくされていました。しかし、だから鳴尾が手造りのコースになったわけではなく、また自然の地形を活かさざるを得なかったわけでもないのです。鳴尾の開発の原点は、「手造りによる自然との融和」が、最初からそこにあったと言えます。
ゴルフプレーの原点は、自分との闘いであり、自然との闘いであります。そして設計は、自然との融和にありと彼らは考えていたのでしょう。自然が形作った地形、風や雨、動植物が生きる生態系をも包み込む環境こそが、プレーのフィールドにふさわしいと捉らえていたのです。自然が形作った起伏、そこに、存在するさまざまなトラップ。これらこそが、ゴルフというゲームの真髄を演出する絶好の素材と考えたのでしょう。鳴尾の地形を見て、ここしかないとクレーン3兄弟の目に映った原風景、鳴尾のコースレイアウトの源流がここにあります。

あるべきショットを求めたアリソンの設計哲学が凝縮

生みの苦しみを経て完成にこぎつけ、1930年に開場した現在に続く鳴尾ゴルフ倶楽部に、さらに磨きをかけるステージが訪れました。翌年の31年にイギリスの著名設計家チャールズ・アリソンによって、再びコースに命が吹き込まれたのです。コースレイアウトはアリソンの助言によって大幅に改造され、中でもバンカーの新設はゆるぎない哲学で形成されていました。単に難易度を高め、造形美を演出させるというものではなく、計算しつくされたバンカーとグリーンの形状の一体化がそれです。アリソンはコースビューのひとつとしての造形美にこだわったのではなく、プレーヤーのナイスショットがフェアに活かされる形状を求めたのです。言い換えれば、プレーヤーには、そのとき、その状況であるべきショットを求めたと言えます。
アリソンの設計思想は「日本の風土にマッチした戦略的なコース造り」にあるといわれています。風土にマッチしたコース造り。ややもすれば見落としがちな概念ですが、アリソンはその土地の風を読み、その土地の命を肌で感じながらデザインを施したのでしょう。鳴尾の全体像から、プレーヤーの心と自然の移ろいをも、自らの設計の中に取り込みたかったに違いありません。だからこそ、鳴尾が難攻不落のコースと言われているのです。
アリソンバンカーは、その独特な形状で固有名詞となりました。そして、難しいバンカーの代名詞にも使われています。
幾度チャレンジしても決して飽きることのない壮大なグリーンフィールド。それは見事なまでに完成に近づいた芸術作品と言えます。光と影、そして巡る季節の中で堅牢なまでにその存在感を主張している鳴尾ゴルフ倶楽部。
数々のアマチュアオープン競技を開催し、90年という星霜を径ていますが、アリソンが残した設計哲学は、今なお改造されることなく、悠々とその原型をとどめています。
また、鳴尾のグリーンは、自然の地形が活かされた手作りです。盛り土による造形箇所は皆無です。さらに、芝は、四季を通じてメリハリのあるコーライ。バンカーとグリーンの一体化を標榜したアリソンの想いが残されています。88箇所あるバンカーは今も崩れることなく、原型をとどめ、何代にもわたるプレーヤー達を迎えているのです。
アリソンの設計思想が「日本の風土にマッチした戦略的なコース造り」にあるというのは、前述したとおりです。難攻不落のコースと言われるゆえんは、プレーヤーの心まで読み取った設計にあると言っても過言ではありません。また1936年と1951年には日本オープンを開催し、1967年には、J・ニクラス、A・パーマー、G・プレーヤーのビック3によるエキシビションも開催されました。米国のゴルフマガジン誌の世界トップ100にも常時顔を出しています。
幾度のラウンドにも決して飽きることがなく、常にチャレンジ意欲を奮い起こされる鳴尾ゴルフ倶楽部。クレーン3兄弟の思いとアリソンの作風が創りあげた偉大なるグリーンフィールド。それは見事なまでに丹精に仕上げられた芸術品であります。
ティーインググランドに立つたび身震いするのは設計者としてだけではなく、ひとりのプレーヤーとしての心をとらえて離さない、不思議な力が潜んでいるからなのでしょう。

 

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