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月刊ゴルフマネジメント Architect's Corner  2009 Aug. 協力:一季出版(株)
ワングリーン化工事の二つの例
千葉CC 梅郷コースと川間コース
日本ゴルフコース設計者協会
副理事長 川田 太三
 

梅郷は営業しながら1グリーン化工事を実施

千葉カントリー倶楽部から、川間コース改造の相談を受けたのは、丁度、梅郷コースのワングリーン化工事が終わって、一段落した2005年のはじめのことだった。一連の梅郷コースの改造工事が大変うまくいき、それこそ数年前までは、高麗とベントのツーグリーンで集客の点でも少々マンネリ化していたのだが、ベントワングリーンに生まれ変わったことで、年間の入場人員が梅郷だけで4000人強も増え、倶楽部側も大変気を良くしていたという背景がある。
梅郷はオープンして2年後の1962年に日本オープンを開催している。もち論、高麗グリーンで、4日間のアンダーパーが優勝した杉原輝雄のワンアンダー1人だけ、長くて難しいコースという評判が立った。
梅郷の改造は、メイングリーンである高麗グリーンの使用期間が著しく短くなったこと、ベント芝のパッティング・クオリティを好む者が多くなったこと、そして、周辺でもベントのワングリーンで1年を通して良好な状態をキープしているコースが多いこと等、決断の時期になったと倶楽部が判断したのだろう。決まった後は早かった。2001年春には本グリーンのベント化に着手、サブグリーンを使用しながら、休場せず、工事中の安全に配慮しながら工事は進み、秋には播種した。
グリーンの面積は、2グリーン時代の450平米からひと廻り大きい550平米前後で、場所は殆ど動かしていないが、サブグリーンを取り払った後にそのホールのセンターに見えるような工夫は、その時点で考慮済み。1年を通して使用するため、夏の高温に少しでも強い性格を持つと言われる新種のペンA-1に決定した。
同時に、元々、敷地の関係で距離が短く懸案だった5番のパー5を、パー4に変更する案が出て、その代替として、余地のあった2番ホールを後方に延ばしてパー5に変更、グリーンの前に、配水問題を改善する意味もあって、池を新設した。
千葉カントリー倶楽部は、ゴルフを良く知るメンバーが多く、改造工事に関しても、特別委員会の決断は早い。サブグリーンを取り払う工事は、本グリーンの出来上がりのチェック期間を1年間とっただけで、2004年の春には着工、芝張りの終わった同年の7月には完成した。この工事と並行して、チャンピオンティーを新設、全長が7111ヤードに伸び、名実共にT本物_として生まれ変わっている。
本グリーンをそのまま残して、サブグリーンを取り払うワングリーン化工事の一番重要と思われる点は、如何にして、空き地となった部分の違和感を取り除くかにある。残ったグリーンは各ホールとも、左右どちらかに寄っているから、これをIPから見て、元々センターに位置していたように見せられるか否かが工事の優劣を決める。マウンドの新設、植栽、ハロー等を取り入れると同時に、そのホールの距離、難度も考慮して、バンカーの位置や形状を修正する等の方法があるが、これ等を如何に片寄らず、バラエティーに富んだ組合せで、各ホールのメモラビリティを損なわずに実行出来るかにかかっている。
良い工事だったかどうかの判定は、プレーヤーがホールをプレーして、どんな感想を持ってコースを後にするかが全てだと思う。初めて訪れたプレーヤーが、以前2グリーンだったことに気付かなければ、工事は成功と言えるだろう。

9ホールずつクローズし3年で改造終了の川間

一方、川間コースのワングリーン化工事は、9ホールをクローズして工事する方式のため、梅郷のケースとは条件の点で相当異なる。川間コースは千葉カントリー倶楽部の2番目のコースとして野田に続いて、1957年にオープンしている。当時から7000ヤードを超え、長くて広いコースという評判が高かった。ところが、オープンから18年後に、当時バブル経済で客がいくらでも入るという背景のためか、ホール間に点在する田んぼを埋めて、27ホールに拡張する工事を決めた。結果としては既存の18ホールにも影響が出て、いわゆるコースとしての格が野田や梅郷に少々遅れを取る存在になってしまったのではないか。
東、西、南の順で9ホールをクローズし、2006年から3年間に亘って、それぞれ1月から9月までで工事を完了すること、そして、昔のように長くて広いコースにしたいというのが倶楽部からの希望であった。初めに工事にかかった東コースは、元々田んぼを埋めて作ったホールが多かったために、まず水はけの改良、それに狭くなっていたホールを広くプレー出来るよう、余分で大きくなり過ぎていた樹木の整理等が主なテーマであった。ボールが隣のホールに飛び出して危険なため、成長の早いメタセコイヤを林立させたのが、逆に各ホールの狭さを倍加していた。
これは翌年に工事をした西コースにも言えることで、樹木の整理と、ティーからの打ち出し方向の修正だけでは十分ではないことが予想された西3番は、思い切ってパー3に変更、隣ホールへの打ち出しの心配を無くした上で、空き地になった半分は、それぞれ、新たにパー4になった6番グリーンの新設と7番バックティー用地にあてた。
コースをクローズして進める改造工事は、より自由な裁量が許されるので、各ホールの持つ課題を相当修正することが可能である。例えば、新グリーンの位置は、それまで、二つ並んでいたグリーン跡地の中でベストなエリアを選択できるから、冬でも朝陽が早くから当たる場所で然も風通しの良い所、また、夏の南西からの強い日差しと紫外線をもろに受けないようにグリーンの形状を考慮する等、必要な条件は全て反映させなければ意味がない。
最後になった南コースは前述の種々の課題の他に、2ホールに亘る場外への打ち出しの危険球の対処という難題が加わった。6番と9番のパー5はともに、ティーショットの飛距離の範囲が右側場外の工場や住宅と隣接し、風向きによってはボールが飛び出すというケースがあり、これが最重要課題として取り上げられた。40メートルのフェンスを作ることは、他の市街地のコースの例を見ても決して誉められた策ではない。そこで、冬の強い北風との交差角等も考慮し、6番については、パー3とパー4に分割、9番は、ティーの高さを1メートル低くし、打ち出し角度を10度左に寄せるという結論に落ち着いた。これに伴い、パー4、パー3だった1番、2番をパー5に改造し、結果として、安全の点では、その後の打ち出しは皆無、また、プレー進行にも顕著な効果が現れたとの報告が出ている。
また、三つのスターティングホールの並ぶハウスの前庭が、毎朝のように、スタートを待つカート群とプレーヤーが広場の中央を往き来し、常にザワザワした雰囲気であったことも、懸案のひとつで、これは、カート道路を左右に分け、パッティンググリーンを中央へ移動新設することで、従来とは全く趣の違った緑の広場が出現し、朝の混雑感を解消出来たことは、思いがけない収穫であった。
改造後の川間コースについても、その後の集客率が向上し、スタートを取ることも難しいという声を聞くことは、たずさわった者として嬉しいことである。

 

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