ホームページ
設計者協会主旨
会員名簿
コース設計家の歴史
会員設計家のコース紹介
ゴルフマネジメントへの寄稿
GCAジャーナル
お問い合せ
リンク
会員への連絡
 





気になるゴルフ
日本ゴルフサミット会議
「気になるゴルフ」

やめてくださいスポーツ課税
やめてください
スポーツ課税


JSGCA名誉協力会員
秋山 真邦 著





個人情報保護方針
サイトポリシー

 
 
   
一般個人会員募集 事務局からのお知らせ
21世紀ゴルフへの提言
月刊ゴルフマネジメント Architect's Corner  2009 May 協力:一季出版(株)
コース設計の中におけるキーパー
(Darker Shade of Green)
日本ゴルフコース設計者協会
賛助会員 佐藤 政宏
(房総CC総括グリーンキーパー、芝草管理技術者1級)
 

見た目だけでない設計を

いつもでしたら設計家の方が担当されるこの欄ですが、たまには別の分野からもとお話があり、今回はグリーンキーパーである私が書かせていただくことになりました。違う分野と言っても設計家の方々と関わりを持つことは多く、キーパーの側から見た話として、また、良好な関係を構築する為の理想像を考えてみました。
さてゴルフですが、クラブやボール又規則の整備等、ここ数十年のうちに目覚しい発展を遂げてきました。コース管理技術やゴルフそのものに対する考え方、それを取巻く環境然りです。それによってコース自体が取残され、改造や改修の必要性が叫ばれているのは周知のことです。新設が殆ど無くなった現在ですが、設計家の方々には大いに活躍の余地があると思います。最近、設計者協会から刊行された冊子を見ても、その意気込みは伝わってきます。私が、現在担当している54ホールの房総CCも18ホール単位で改造を行っております。経費節約の為に自社で少しずつ設計施工している所もあるでしょう。工事の規模にもよりますが、今回当ゴルフ場は大改造ということもあり、設計家を招いて施工したいと主張しました。これは私達キーパー、即ち管理側には無い説得力に期待したからに他なりません。
では”設計とは?”について考えてみたいと思います。ゴルフ場の設計というと、どうしてもプレイアビリティ(戦略性等)やデザインなどの造作にばかり目がいきがちです。プレーヤーから見れば確かに他のものは必要ありません。ですから設計家というよりもデザイナーとしての部分が突出し、コースの評価基準の大半を占めてしまうのが現実です。しかし、それだけに限定されては困ります。ひところ私も表向きさえ綺麗に出来ていれば中身はどうでもいい、見えないところは全部”ハリボテ”で構わない、設計も管理も低予算であることが最重要だと考えていた時期がありました。しかしそれは見た目だけの”映画のセット”に過ぎず、贅を尽くす必要はありませんが、今はそれでは駄目だと考えています。
乱暴な言い方ですがゴルフ場は、大きく三つの面から捉えることが出来ると思います。工業製品的な面、農産物的な面、そして芸術作品的な面です。土木工学の上に農学が乗り、そこに芸術美術の要素が混ざり合い一つの色合いを出しています(本文の英タイトルはそんなイメージで考えました)。今日設計は、理工学系の分野では、そのものが学問として体系が出来上がっています。
三つに大別した面は、それぞれを更に細分化して検討することが可能です。設計者1人の能力には当然限界があり、全てに精通することはできません。ですからもっと様々な分野の専門知識を持った人達と共に考えるようにすべきです。いわゆるコンカレントな手法です。何も難解な学術体系を作れとは言いませんが、まだまだ職人的な部分があり、不可解に見える所があります。どうしても先述したデザインなど個人の才能の部分が重要になりますのでやむをえない気がしますが、技術面からもっと掘り下げて、さらにコース設計というものを充実させるべきだと思っています。
しかし、どんなに緻密に造られたとしても、いざ営業を開始してみたら上手くゆかない場合があります。一つの例として大衆コースにするのか、入場者を絞り高級コースにするのかといった運営方針や、その形態が不明瞭な場合に多く見られるのではないでしょうか。

経営と設計とキーパー

新造にせよ改造にせよ、多大な費用が掛かります。施主側としては、しょっちゅう出来ることではありませんので、どうしても夢を叶えたいという思いが強くなります。その結果、盛り沢山な要望が出てしまう。理想が先行してしまうのは人情です。でも、どんなに素晴しいコースが出来上がっても維持管理費が出せなければ、これは設計として失敗作だと思います。ロールスロイスを買ったけどガソリンを買うお金が無いという様なものです。ゴルフ場は芸術作品的要素を持っていますが、鑑賞しているだけのものでもありません。多くの人にプレーしてもらって初めて評価が下されます。施工は、工事が完了した時点で終わりですが、設計は、その後も設計者が亡くなったあともゴルフ場がある限り延々と続くものです。経営のある部分も広義の設計として捉えることができます。ですから施主側もコースの造作以外にも、今後起こるであろう多様な事象を可能な限り想定して、設計にもっと参画する必要があります。18ホール当たりの管理予算や労務人員数も画一化されがちですが、ゴルフ場の特性などに合わせて設計に反映させるべきではないでしょうか。
そんな施主側の中で私達キーパーは、極めて重要な役割を担っています。計画、施工の段階で多くの事を発信しなければなりません。理論に基づきT出来る、出来ない_をはっきりさせることが大切であり、これが技術なのだと思います。無限ではなく有限、”No”イコール技術不足ではないのです。コース管理は農耕的作業が多いですが、産物は味がするわけでもなく、収量が問題になるわけでもありません。プレーヤーの評価は満足、達成といった精神的充足感が大きな部分を占めますので、まことに捉えづらいものです(芝が枯れて無くなっていたり、病気や雑草だらけでは論外ですが……)。ともすれば”何でも有り”ということになりがちです。でもキーパーとしての自負心は、誰しも持っていますのでなかなかそう言えない。悪循環に陥ってしまいます。勿論、ただ闇雲に出来ないと連呼するのは論外です。有限とは言いましたが、出来ないからといって止まっていては次に繋がりません。”では、どうするのか?”。当たり前のことですが、これが進歩、発展になります。ここで初めて設計者とキーパーとのお互いのゴルフ観、具体的な工法やその後の管理手法等の積極的な意見交換がなされ、理想的な設計像の一つが出来上がって来ると思いますし、そんなやり取りが出来るようにならないかと、どのキーパーも期待しているのではないでしょうか。
さて改造の必然性は、この欄で何度も取り上げられていますが、新旧を問わず文化遺産的価値のあるコースは結構あると思います。先人の遺してくれた素晴しい産物です。それを距離が短いから、時代にそぐわないからといって、無闇に改造してしまうのは如何なものでしょうか。こういった場合は、プレーの面を超えた何かがあるのではないでしょうか。もし文化財に指定されるようなことがあれば、何と素晴らしいことか!
残念ながらゴルフがスポーツとして広く親しまれるようになったとはいえ、ゴルフ場は、極めて社会性、公共性の希薄なものであるということは動かしがたい事実ですし、今後もそのままだと思いますが、プレーのみならず文化的側面も、もっと設計者の方々に広めてもらいたいと感じています。
最後に先日すでにリタイアされた大先輩の方とご一緒する機会がありました。その方が、施工側から見れば芝は”物”だが、我々から見れば”生き物”であり枯れてしまったら誰も蘇らせることは出来ないとおっしゃっておりました。当たり前すぎて普段考えてもいませんでしたが、ハッとさせられる一言でした。これがコース管理の基本となる視点でしょう。そんな私達の目線や考え方を十分理解していただいて、また、お互いに詰まらないセクショナリズムに囚われないようにして、明日に繋がるゴルフコース造りをしていければと願っています。

 

掲載順不同
クリックすると各コースの情報ページが表示されます。
詳細は各コースにお尋ねください。