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月刊ゴルフマネジメント Architect's Corner  2006 Feb. 協力:一季出版(株)
日本の名コースとその維持について
日本ゴルフコース設計者協会 理事長
大西 久光
 

日本のゴルフコース・ランキングで、上位に登場するゴルフ場について、具体的な私見を述べてみたい。

廣野ゴルフ倶楽部

英国から招聘され1930年末に来日した設計家、アリソンによって基本設計された。その思想は「地形の個性を生かし、自然の美しさを引き出す」というものだったが、まさにこれが今も廣野の個性になっている。全体の高低差が20メートル程度だろうか、地形の適度な変化はゴルフコースになるのを待っていたような素晴らしさである。18

ホールの配置も見事である。航空写真も無かった時代に、どのようにしてこれだけのルーティングを設計したのか興味がある。当時のドライバーショットの距離が180ヤードから200ヤード程度だった時代に、アリソンは250ヤードを基準に設計したため今も通用する距離を維持している。1番グリーン左、7番グリーン右のくぼみを利用したデザインも素晴らしい。

2番、3番、10番のフェアウェイを横切るクロスバンカーは、ティーショットにプレッシャーをかける。5番、13番、17番パー3もティーとグリーンとの間にある自然の池が生かされている。10番に代表される砲台グリーンとそれらをガードする本格的な深いアリソンバンカーも、スコットランドからの伝統が生かされている。14番の左への大きな傾斜を利用したドッグレッグのパー4も個性的である。1987年には高麗グリーンからベントへの改造が決断され、ベントのワングリーンとなって05年の日本オープンでは出場した名手たちを苦しめた。あえて問題点を挙げると、年々速くなるグリーンコンディションの中で傾斜が強すぎる部分があるため、変化のあるピンポジションを楽しめないのが残念である。

クラブハウスもロッカー、レストラン、バーなど使いやすく出来ていて、プライベートクラブとしての良い雰囲気がある。

総合的に見て、多くの専門家達が日本一のコースとして選ぶのは当然であろう。

川奈ホテルゴルフコース(富士コース)

廣野と同じように川奈も英国のアリソンによって設計され、1936年に開場した。太平洋を見下ろす借景は見事である。一時は知名度が落ちかけていたが、1981年からフジサンケイクラシックが開催され、全国のゴルフファンがTVに映し出されるコースの見事な美しさを見たことから、今では必ず人気ランキングの上位を占めることになった。

英国流の18ホール・スループレーが原則となるレイアウトで、10番ホールはクラブハウスからは遠い。シーサイドではあるがかなりの高低差があり、各ホールは個性的である。素晴らしいホテルがクラブハウスを兼ねているから、高級リゾートの条件を満たしている。特に冬でも比較的暖かいので、冬のリゾートと言えるだろう。日本には大洗GCやフェニックスCCなどシーサイドコースもかなりあるが、海に隣接したコースは少ない。ほとんどがコースと海の間に道路などがあり、十分に海の美しさを楽しむことや、コースの一部に海を取り入れることが出来ない。その意味では川奈の15番ホールのように、左サイドに海のあるようなホールは日本に少ない。難点は冬のコースなのに高麗芝なので、ベントグラスの緑を楽しめないこと。平坦なコースを好む日本のゴルファーには強い高低差を歩く厳しさを嫌がる人も多い。特に3番パー5の上りの強さはかなりのものである。いずれ現代風の改造が加えられれば、さらに価値が高くなるだろう。

大洗ゴルフ倶楽部

1953年、井上誠一氏の設計によって誕生した。シーサイドに大きな黒松が群生している。平坦ではあるが、リンクス独特のうねりがそのままフェアウェイに生かされて、個性的な18ホールが設計されている。数年前までは一つのグリーンでありながら、高麗芝の部分とベント芝の部分があったが、今ではベントのワングリーンになっている。

私も若い頃、大洗での日本アマに出場した経験もあり、三菱トーナメントを開催させていただいたこともあって、思い出の深いコースである。両側の大木はティーショットにも重圧となり、バンカー以上の障害物になっている。開場以来既に52年が経過して、ますます木が大きくなっているので、5番パー4のように少し無理なホールも出来てきた。

マスターズを開催しているオーガスタも、毎年のようにリデザインが加えられているが、大洗も今後どのように改良がされていくのか、楽しみでもある。いずれにしても、巨匠・井上氏の代表作であることは間違いない。

フェニックス カントリークラブ

大橋剛吉氏によって設計され、1971年にオープンした。その3年後の1974年にはダンロップフェニックスを開催したので、私にはやはり思い出深いコースである。その頃のコースは、小さなバミューダ芝の丸いグリーンが特徴だった。

トーナメントに参加したトッププロ、ジャック・ニクラウス、ジョニー・ミラー、セベ・バレステロス、トム・ワトソンなどの一流プロはコースを気に入り、その後、米国ツアーのトッププロが続々とやってくるきっかけを作った。地形にそったプレーンなデザインのグリーンは、正確なショットをする外国選手にとって、挑戦意欲をわかせるに十分だったようだ。トーナメントが続くうちに人気が高くなり、多くのゴルファーがやってくるようになって、さらに速いグリーンが求められたのでベント芝に変えられた。その改造によって、グリーンが大きくなり、昔の小さなグリーンを懐かしがるプロも多い。

フェニックスはツーグリーンではあるが、スペアーグリーンがメーングリーンと離れた位置にあるので、大きな違和感は無い。然し、スペアーグリーンの日にプレーする人は面白くないから、いずれワングリーンに改造されるのではないだろうか。

小樽カントリー倶楽部

1976年、安田幸吉氏の設計によりオープンしたが、近年、米国設計者によって、ツーグリーンから見事なワングリーンに改造された。安田氏の設計思想を壊さずに見事なワングリーンになった。これからの日本のコースの改造に関して、よい見本となるだろう。

小樽もシーサイドコースではあるが、海岸とコースの間に防風林があるため、海を見ることは出来ない。平坦なコースだが、長い歴史の中で木が大きくなり、北海道らしい木に囲まれた林間コースになった。2004年秋の台風で、多くの大木が倒れたが、今も北国らしい多くの木が残っている。

またここでは、毎年サンクロレラトーナメントが開催されているが、近年のプロの異常な飛距離の伸びに対応するため、さらにコースを長くすることが計画されているという。近いうちに7500ヤード、パー72のコースになるだろう。

名コースを維持するためには、時代にあった良い改良が必要である。骨董品のように原形を残すことだけが名コースを守ることにはならない。その点では欧米の名コースがどのように改良を加えているか学ぶ必要がある。欧米の名コースと比較しても遜色の無いコースを作ることが、日本のゴルフ界の品質を上げることにつながる。

 

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